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働き方を考えるブログ

子育てに失敗できなくなった時代?そもそも子育ての失敗ってなんだろう?

雑記

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「他人の不幸を願う人」

面白そうな本のタイトルが目に飛び込んできた。

著名人の不幸は醜悪なまでに追求。犯罪があれが加害者どころか被害者までネットに晒す。なぜ不幸を求める欲望はこれほどまでに増大したのか?他人の不幸が「蜜」から「主食」となった理由を人気精神科医が分析。隣の誰かも、あなたの不幸を願っている!?

「他人の不幸は蜜の味」

これはまさにその通りだと思う。

他人のちょっとした不幸を聞くと思わずにやけてしまう。

そんな経験はないだろうか?

 

今は「蜜」ではなく「他人の不幸は『主食』」、つまり欲しくて欲しくて仕方がないものになってきているという。

この本はそんな人の心理を観察し分かりやすく書いてあり、嫉妬や羨望、意地悪や嫌がらせを行ってしまう心理を解説している。

 

□□□□□

 

気になったのは本の主題ではなく、本文に書かれていた子育てに関する言葉。

 

何よりも重要なのは、少子化による影響だろう。 子育てに失敗が許されなくなったせいか、親の期待がもろに重圧として子供の肩にのしかかるようになっている。

-----中略-----

失敗から学ぶことは、たくさんある。失敗して転んでも、何とか起き上がったという体験は人生の糧にもなる。それなのに今や、このような失敗と積み重ねること自体、困難になりつつあるのは皆さんも感じているのではないだろうか。「レッツ・トライ」が許されなくなっているのである。

その最大の原因は、少子化によって子育ての失敗が許されなくなり、親の過保護、過干渉が一層強まっていることだろう。

「他人の不幸を願う人」より抜粋

 

一生懸命勉強して良い大学に入り、良い会社にはいるんだよ。という親のプレッシャーが強く、例えば良い大学に入れなかった時に「塾に通わせてくれなかったから」とか自分ではなく他の「何か」のせいにする人が増えている。

その一因が、「少子化により子育ての失敗を許されなくなった」親にある。

と、言うことらしい。

 

□□□□□

 

気になったのは「少子化により子育てに失敗出来なくなった親」と言う言葉。

 

この言葉だけをみると、少子化になる前は子育てに失敗してもよかったのか?と言う疑問が出てくる。

長男がだめなら次男が、次男がだめなら三男が・・・、それでもだめならもう一人産めば・・・、そう言う時代があったのだろうか?

 

本で言う「子育ての失敗」とは「良い学校に入れず、良い会社に就職出来ない大人に、子供がなってしまうこと」だろう。

なら成功は「子供が良い学校に入り、良い会社に就職すること」とになる。

 

「失敗出来なくなった」とはどういうことだろうか。

おそらく「気持ちに余裕が無くなった」と言うことだと思う。

勝手に推測すると、自分の理想を子供で実現しようとして気持ちの余裕が無くなった親、こう考えるとつじつまが合う気がする。

 

では親が思い描く大人に子供がなれなかったとしたら、子育てが失敗したことになるのだろうか?

 

たとえば大手企業に入社する子に育てることが、子育ての成功だとしよう。

大手企業に入社してもらうためには、有名大学に行かせる必要がある。そのために有名な塾に通わせて、それこそ試験の成績がその子のすべてを決めるかのように考え、成績が良ければ褒め、悪ければ叱りながら、すべてこの子のためと自分に言い聞かせ育ててきた。

それなのに突然「小説家になる」と言いだし就職活動をやめてしまったら、その子育ては「失敗」と言うことになる。

だが必死に努力して小説家として身を立て、色々な賞をとり成功したとしたら?

やっぱり親の望んだ大手企業に就職していないから「子育てに失敗した」事になるんだろうか?

 

プロ野球の選手にしたいからと、子供のころから野球チームに入れ毎日毎日熱心に指導してきた。でもその甲斐なく甲子園に行くことさえ出来なかったら、その子育ては「失敗」と言うことになる。

それでも勉強をがんばり大手企業に就職できたとしたら?

これも親が望んだプロ野球選手ではないから「子育てに失敗した」事になるんだろうか?

 

□□□□□

 

「子育ての失敗」とはなんだろう。

親の願いがかなわなかったら「失敗」だろうか?

親の願いがかなうから「成功」だろうか?

それは子供を人として見ていないことにならないだろうか?

 

子供が大人になって「あんたの育て方は失敗だった」と、親から言われたらどんな気持ちになるだろう。

「なんで産んだんだ」そう思うのではないだろうか。

 

 

「子育てに成功も失敗もない」

 

僕はそう思っている。

 

子供が大人になった時「育て方に失敗したな」そう思いながら接したくはない。

姉妹なのに「お姉ちゃんは成功、妹は失敗」などと区別したくはない。

だから子育てに成功も失敗もないとおもう。

 

 

僕には娘が二人いる。

勉強しろとうるさく言うつもりもないし、やりたいと言うことを否定する気もない。

親だからと無理に言うことを聞かせようとも思わない。

ただ、間違った道に進むことが無いように「悪いことは悪い」と言うようにしている。

叱るときも自分が出来ないことをやれとは言わない。

どうしても言う必要があるときは自分自身も叱りつけ、必ず「やる」ように心がけている。

そういう意味では僕も親として娘たちに育てられていると思う。

だから娘たちが「大人」になった時、僕も親として「大人」になれるんだと思う。

 

そして子供を育てる上で一つだけ決めていることがある。

 

それは、子供を「人として尊敬する」ことだ。

 

もし子育てに成功があるとしたら、僕の成功は子供たちに「僕の子供で良かった」と思ってもらえることだと思う。


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