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働き方を考えるブログ

お客様は神様ですの由来は三波春夫さんのMC

働き方コラム 働き方コラム-仕事の悩み

お客様は神様ですの由来

「お客様は神様です」は1961年に三波春夫さんが言った言葉で、別に接客やサービス業で働いている人に、お客様を神様だと思って扱えと教えているわけじゃない。

お客様はお金を払うことで商品やサービスを購入します。お店はお金を頂くことで商品やサービスを提供しています。その取引の間にある関係は常に五分五分、フィフティフィフティですよね。

 

お客様は神様の語源

Wikipediaに詳しく語源が書かれていますが、そこでも「お客様」は飲食店や商店などの客ではないとはっきり書かれています。いまさらな感じもしますが、引用しますね。

 「お客様は神様です」とは、1961年(昭和36年)頃の自身のステージ上、三波と司会を務めた宮尾たか志との掛け合いMCの中で生まれた言葉である。

宮尾の「三波さんは、お客様をどう思いますか?」の問いかけに、三波は「うーむ、お客様は神様だと思いますね」と応える。

ここで宮尾がたたみかけるように、客をいろいろな神仏になぞらえ、「なるほど、そう言われれば、お米を作る神様もいらっしゃる。ナスやキュウリを作る神様も、織物を作る織姫様も、あそこには子供を抱いてる慈母観音様、なかにゃうるさい山の神……」と、このやりとりで観客は笑いの渦となり、これ以降、定番のMCとして全国各地で披露された。

ここでの神とは、日本古来の神であるが、三波本人の説明によると、

「舞台に立つときは敬虔な心で神に手を合わせた時と同様に心を昇華しなければ、真実の芸はできない」

「いかに大衆の心を掴む努力をしなければいけないか、お客様をいかに喜ばせなければいけないかを考えていなくてはなりません。お金を払い、楽しみを求めて、ご入場なさるお客様に、その代償を持ち帰っていただかなければならない。」

「お客様は、その意味で、絶対者の集まりなのです。天と地との間に、絶対者と呼べるもの、それは『神』であると私は教えられている。」と、自身の芸と観客との関係について、自著で述べている。

その後、このフレーズ「お客様は神様です」を流行らせたのは三波の舞台を観たレツゴー三匹である。また、コント55号坂上二郎が、コントの中でこのフレーズを用いて「お客様は仏様でございます」というギャグにしていたことがある。

永六輔が後年さらに「観客=絶対者」について尋ねているが、三波は「自分はすべての人をお客様だと思っているわけではない。ステージを見に足を運んでくださる人だけがお客様だと思っている。そうした方々は『絶対者』だろう。ステージが〈天〉なら客席は〈地〉で、その天地の中にいる唯一の絶対者がお客様。そういう存在を〈神様〉というのだと自分は教わった」と説明している。

 ついでに、「『お客様は神様です』について」というコラムの中でこうも言っています。

 三波側では、以前からこのフレーズの“真意とは違う”使われ方を「歓迎出来た話ではない」としながらも静観していたが、オフィシャルサイトに『「お客様は神様です」について』のタイトルでコラムを掲載。

「例えば買い物客が『お金を払う客なんだからもっと丁寧にしなさいよ。お客様は神様でしょ?』と、いう感じ。店員さんは『お客様は神様です』って言うからって、お客は何をしたって良いっていうんですか?』という具合」

と、具体的な例を挙げた上で、三波が言っていた「お客様」とは商店や飲食店などの客ではなく、聴衆・オーディエンスであり、「この言葉を盾に悪態をつく客(クレーマー)は『様』を付けて呼んで貰えるような人たちではないと思います」と解説している。

だそうです。これがどこかでねじ曲がって、「お客様は神様」と言う言葉だけが独り歩きしたんでしょうね。

 

お客様を神様のように見てしまう理由

何故お客様を神様のように見てしまい、我儘を聞き、ひたすら我慢するような接客があるのか。と、疑問に思いますか?

理由は簡単で、お客様を特別扱いしないと、商品やサービスを売ることが出来ないから。です。今はどこのお店に行っても同じような商品を扱っていますし、同じようなサービスを受けることが出来ます。

その中で生き残っていくには、他のお店とは違う特徴をもたないといけない。アフターサービスなら任せてください。とか、知識は他のお店に負けません。とか。笑顔なら僕が一番です。とかね。

そんな特徴を打ち出せなかったり、差別化が出来ない一部のお店で、『お客様は神様です』と言うような事ばかり教えるんでしょうね。その方が教えるのも楽ですから。

何より一番の理由は、「競合他社との差別化が出来ない」事でしょう。商品やサービスを売らないことには売り上げが上がらない、売り上げがなければ利益も無い、利益がなければ給料も出ない。悪循環ってやつです。

お客様を神様とあがめて、買ってもらって、売り上げが上がるなら・・・

お客様を神様にしてしまう理由はこんなところでしょうか。

 

お客様を神様にしてしまうと、店が無法地帯になる

自分で「私は客だから神様と一緒だよね」と言う人は、そうはいないと思います。いませんよね? え? いる? まぁいたとしても少人数でしょう。

でも、お店側が「あなたは神様です」と言う態度で接すると、お客様が意識していなくても段々と神様のようになっていきます。

ただし、良い神様ではなく、わがまま言い放題の悪い神様になっていきます。何しろそのお店の店員は、どんな我儘を言ってもダメだとは言わない。むしろ喜んでやってくれるようにさえ見えるんですから。

会社の雰囲気がトップで決まるように、お店の雰囲気は店長の考え方で決まります。これは間違いない。そんな店長がお客様のいいなりだったらそのお店はどうなると思いますか。

ぼくも店員としてお店に勤めていたころ、ものすごく我儘なお客様に何人もあったことがあります。

「このブロック済みがちょっと欠けているから10円にして」「これお店の隅に置いてあったんだけど、汚れているから貰っても良い?」「閉店20時だけど21時じゃないと商品を取りに行けないから、それまでお店で待っていて」などなど

信じられませんか? でもお店って不思議な人が結構来るんですよ。そして我儘自己中になる人も決まっています、店長が特別扱いをした人。まさに神様のように扱ってしまった人です。

 

出来ないものは出来ないとはっきり言って問題ない

自分は神様だと勘違いしたお客にどう接したらいいのか。と悩む必要もなく、対応はいたって簡単、すごくシンプルです。「出来ないものは出来ない」とはっきり伝えれば良いんです。

「前の店長はやってくれた」「こっちは客だぞ、無理を聞くのがお前の仕事だろう」

と、訳のわからない事を言ってきますが、聞く耳を持つ必要はありません。無理な物は無理、出来ないことは出来ない。当たり前の話です。それをきちんと丁寧に伝えれば良いんです。

そんな事をしたら売り上げが落ちる?

落ちるでしょうね。間違いなく落ちると思います。でもそれは、お客様の特別扱いを辞めたからじゃ無く、特別扱いすることしか対策を取れなかったから。です。

店員とお客の関係は五分五分、どちらが上でもどちらが下でもありません。理不尽な要求は応える必要が無いんです。

 

「お客様は神様です」を勘違いしない事

関係は五分五分です。勘違いしないように。

これ、一番たちが悪いのはお客様側が「自分が神様」だと思いこむ事です。特に企業対企業の取引で、購買担当や資材担当の方で勘違いしている人をよく見かけます。

「俺の言うことが聞けないなら仕事は回さない」とか「下請けは厳しくしないと付け上がる」とか。好き勝手なこと言う人いますよね。時代劇のように袖の下を求めてくる・・・人はさすがにいないか。

ここでも立場は五分五分です。建前上は。出来ないものは出来ないって言っていいんですよ。その結果仕事が取れないのなら、他から取ってくれば良いんですから。建前上はね。

 

ちょっと話は変わりますが、「取引しないといけない」って思うから「相手を神様のように扱わないと」と考えてしまうんです。なので選択肢の中に「取引しない」事を入れておくと、気持ちとしてすごく楽になります。

ぼくは客先と打ち合わせをするときは、事前に考えられるケースを書きだして、「この時とこの時は取引を断る」と言う了解を上司からもらっています。

お互いにメリットが無いと意味ありませんしね。「お客様を神様」にしないためにも「取引しない」ことも大切な選択肢ですよ。

 


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