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働き方を考えるブログ

家族って親子って何なのか。

雑記

家族って親子って何

15年ぶりに父に会いました。

何故15年ぶりかと言うと、ある日突然新聞の余白に一言「ごめんなさい」と書いていなくなってしまったからです。

父と再会した場所は、患者が入院する病院の中でした。ずっとタバコを吸ってきたからなのか、すでに手の施しようがないほど癌が進行していたそうです。あともう一度発作が起きたら助からない。医者からそう言われていると言っていました。

そんな再開を果たすと、考えたくなくても親子とは何なのか考えてしまいます。なのでぼくが今、1人考えている事をこの記事を読んでくれている皆さんにも質問します。

親子って何だと思いますか?

 

余命が短いと連絡を受けて

弟から父が余命2カ月と言われたらしいと連絡をもらいました。もう15年もあっていませんから、久しぶりの連絡が永遠の別れを告げられたようで、すごく動揺しました。

会いに行くか行かないかの選択を迫られた時も、迷わず会いに行くことを選びました。

ある日突然いなくなったとは言え、当時ぼくはもう25歳。結婚して娘もいましたから実家の事に気をまわしている余裕がなかったんです。

なので、15年たったとはいえ本当にあっという間に月日が過ぎて居て、昨日まで一緒に過ごしていたと言われれば、確かにそうかもしれないねと答えそうな感じがしていました。

そこへいきなりの余命宣告ですから、普段クールだと言われていてもさすがに動揺します。すごく意味不明な事を妻に話していた気がします。居ても経ってもいられなくて、本当はすぐにでも病室に飛んでいきたい。そう思っていました。

翌日、一様は出勤しましたがやはり父の事が気になり、仕事が一切手に付きません。出社して30分くらいですかね。有給が欲しいと申し出てすぐに帰宅しました。

とは言え、実際には家に帰ろうと会社の駐車場に行き、車に乗ってから約1時間。1人泣いていました。

久しぶりの連絡なのに、どうしてこうなったのか。本当は二人目の子が産まれた事も伝えたかった。抱っこしてほしかった。一緒に酒が飲みたかった。

そんな色々な思いがこみ上げてきて、車の中で大声で泣いていました。

 

帰宅してから病室に行くまで

家に帰ってからも、部屋にこもりパソコンの電源を入れましたが、何もする気になれず、気が向くままに思い出すことをブログに書いていた気がします。気がするというか、記事を公開しているので書いていましたね。

読み返してみても、今一意味が分かりませんが、キーボードを叩いている時は涙が止まらなくなって、本当に切なかった。

本音を言えば「ひでぇよ。おやじ」です。

子供をほったらかして、責任を放置して逃げた父ですから、このまま会いに行かなくても何の問題もありません。だから行かなくても良いんじゃないか。そうも思いました。

でもやっぱり、これで最後かもしれないのなら、一目会いたい。一目会って、何がしたいとか、何か言いたいと言うことは無いけれど、会いたい。

多分確認したかったんだと思います。自分の父がどんな男で、どんな場所で最後を迎えるのか。どんな年の取り方をしたのか。ひさしぶりに合った時、どんな顔をするのか。

そんな事をぼんやり考えていると、止めどなく涙があふれてきます。唯一家族のそばにいるときだけは、泣かないように気をつけましたが、部屋にいる時も、お風呂に入っている時も、目の回りが泣きすぎて荒れるくらい涙が流れました。

翌日、父のいる病室に向かう時は一番下の弟と一緒だったので、そこは兄らしく静かに話を聞き、涙を見せることは一切しません。

ですが、本当は心の中で「これが父に会える最後の日になるだろうな」と覚悟を決めていたんです。

もう15年も会っていない上に、両親が離婚したことで家同士のいざこざもあります。息子だからと言って簡単には会えない現実が、やっぱりあるようです。

 

病室で父と再会

今は2月ですから丁度インフルエンザが流行している時期です。病室へ向かう時必ずマスクをするように言われ、さらに病室へ入るには家族証を持っていないと入れないんですね。

そんな事とは知りませんし、何年も会っていないんですから家族証なんて持っているわけもありません。受付のお姉さんに怪訝な顔で見られながら「息子です」と伝え、面会を許可してもらいました。

どんな顔で会えば良いんだろう。何を話せは良いんだろう

と、そんな事を普通は考えますよね。でも10数年会っていないとそんな心配はしないんです。心配なのは「ぼくの事が分かるかどうか」これだけ。

父の入院しているは4人部屋でした。おそらくベッドかどこかに名前が書いてあるんじゃないかと、勝手な想像をしていましたが、見事に書いてありませんでしたね。なので、病室の入り口で、15年前の父の姿を探します。

当然ですが、見当たりません。すると目の前にいた笑顔のかわいいおじいちゃんが「どなたをお探しですか」と声をかけてきました。

「父(フルネーム)を探しています。」

そう答えると、「私ですが、どちら様ですか?」と聞かれました。すぐに名を名乗り「わかりますか?」そう聞きましたが、どちら様ですか? と聞いている時点で分かっていませんよね。ぼくも分からなかったのでお互い様ですが、ここまで変わるのかと言うくらい外見が変わっていました。

 

もう来ないでくれと親戚から連絡が来たらしい

久しぶりに会う父は普通のかわいいおじいちゃんになっていて、ただ一言「申しわけなかった」と謝っていました。もちろん、世間話や近況を報告して、30分くらいでしょうか。「じゃぁな」と告げて病室を後にしました。

父は「また」と言っていましたが、病院に行く前からこれが最後だろうなと覚悟を決めていましたので、「また」はきっと来ないだろうと思って家に帰りました。

帰り道の中で弟と「葬式にも呼ばれないだろうから、父はまたって言ってたけど、これが最後だろうな」と言う話をしたのを覚えています。そう考えると今でも涙が出てきますが。

それから数日経って、母から連絡をもらいました。

内容は「病院にいても手の施しようがないから退院するらしい。だからお見舞いに来るなら病院にいるうちにしてくれ。退院したらもう来ないように。亡くなったら連絡はするが葬式には来ないでほしい」と言う連絡が、父の兄弟から来た。と言うもの。

やっぱりな。

そう思う反面。なんでそこまでする必要があるのかと、腹だ出しくも思っています。

 

親子って結局何なのか

父とは血のつながりがある親子です。離婚していますから戸籍上の名前は消えているらしいですが、親子だったと言う事実は消すことができません。

もういい年だったので考えた事はありませんが、息子の立場からすれば、父は家族を捨てて居なくなっています。なのでお見舞いは病院にいる間だけ、葬式には来るな。そう言われる理由が分かりません。

確かに、入院したことも知りませんでしたし、何もしてあげられなかったのは事実です。ですが、どこにいるのかも知らなかったのに何か出来るわけもないでしょう。

過去に何かあったとはいえ父親ですから。

最後まで何も知らなかったら何も感じなかったかもしれませんが、余命宣告をうけたと連絡してきたのは父の兄弟です。

せめて最後にと言う思いもあったと思いますが、そこまでしておいて本当に最後の時は来るなと言うのはよくわかりません。

大人になったぼくが言うのも変ですが、「大人の世界」はよくわからないし分かりたくもない。結局親子とは紙の上で決められて、周りの都合で簡単に引き裂かれる物かもしれません。

認めたくはありませんが。

 

最後に

父と久しぶりに会ったことで、親子っていったいなんだろうとつい考えてしまいます。結婚や離婚、家同士の関係。親子の関係。色々な思いが複雑に絡み合って、もうほどけないんでしょうね。

この複雑に絡み合った糸が、ただ会いたいと思うだけの気もちさえも潰していく。

たぶん、糸を手繰っていけば出てくるものは、本当にちっぽけでくだらないものでしょう。「あの時助けてくれなかった」とか「あの時傷つけられた」とかね。

もう父とは会えません。末期がんで実際には3日持たないと言われているようですから。それに、来るなと頑なに拒まれては行くことも出来ません。もちろん無理やりにでも行くことは出来ますが、会わせてはくれないでしょう。

ただ、最後に一目でも会えてよかったと思っています。少しでも話が出来た事に感謝しています。

次、父の話を聞くときは他界したときです。きっとお葬式にはいけないけど、それも仕方がありません。

父には感謝しています。確かに色々と揉め事も問題もありましたが、ぼくがこの世に生まれ、最愛の妻と娘と過ごせるのは、父と母がいたからです。だから言葉にはしませんでしたが、本当に感謝しています。

御線香はあげられるのかな。それも分かりませんが取りあえずは元気に、毎日過ごします。落ち込んでも仕方がありませんから。

親子って何なんでしょうね。

 

追記

結局死に目にも会えず、葬式も通夜も行けず、というか来ないでくれと言われ、お線香一つあげられていません。

家族って親子って何なのでしょうね。

とりあえず人から父は亡くなったと聞きました。


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