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働き方を考えるブログ

凡人はなぜ会社員になるのか

雑記

理由なんてない! という人がほとんどでしょう。

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 学校を卒業するとほとんどの人が会社員になります。大学生の就活が開始されたことがニュースになるほどです。

皆一緒、みんな一斉に会社員になるべく活動を始めます。

でもなんで皆就職することを目標に学校に行き、面接を受けるんでしょうね。別に卒業したら1年くらい旅行に出かけても良いでしょうし、他にやりたいことがあれば専門学校に行ったって良い。

何もわざわざ「いっせーのーで」と就職活動をする必要はないですよね。

 

皆一緒に違和感を感じる

毎年流れるこのニュースに違和感しか感じないのはぼくだけでしょうか? みんな揃って企業説明会を受けたり面接を受けたり。

集団行動が苦手なせいか、皆同じような服装で同じようなところに行くのが不思議で仕方がない。

そう偉そうに書いているぼくも会社員です。

高校を卒業し「ギターで食べていく」と東京に出ました。ところが都会が楽しすぎて遊びまくっていたら「家に帰れ!」と兄に一喝され帰郷。

田舎で就職するためにバイトをしながら車の免許を取りに教習所へ通う日々。ところが仮免をとったところで通うのに飽きて放置。

それどころかバイト先の娘に手を出し過ぎて「遊び人」の称号を店長から頂く始末。

1年後、仮免の期間が終わるぎりぎりで免許を取得。そしてすぐ就職が決まったけど・・・。ここから先はこちらの記事でどうぞ。⇒「何も考えず勢いだけで退職。転職を繰り返して感じた良かった事、悪かった事。

とまぁ、ハラハラするような毎日を過ごしてきた立派な会社員です。皆と一緒に面接を受けた事も無ければ、新卒で入社したこともありません。

大卒と言う肩書きもありませんし、同期と呼べる人もいません。でも凡人なので普通に会社員になって、毎日普通に働いています。

 

「男は外で働き女は家を守る」の名残

皆が一斉に会社員になるのは、「男は外で」の名残でしょう。

まだ組織に勤めて皆で働こうとし始めた頃、会社員と言う言葉が生まれる少し前は、「男は外で働く」のが当たり前でした。だからこそ勤め先も無く家でゴロゴロしている男は認められなかった。

与えられた仕事ができない男でも、「男だから」と言う理由だけで、他の仕事なら出来るだろうと配属先をかえて雇い続けたそうです。

この名残は強いですよ。

今でも日本では配属先が決まらないまま採用されます。どの部署に行くのかは入社してみないと分からない会社がほとんどです。研修は皆一緒に受けて、最終日に配属先が発表される会社もあるでしょう?

そして、その部署で上手くいかなければ別の部署に異動されます。昔の名残をそのまま残しているんですよね。

逆言えば、「仕事が出来なくても仕事を与えてもらえた」からこそ「能力主義」が育たなかったのかもしれません。

 

「良い学校、良い会社へ行けば安泰」と言う思い

会社員が当たり前になると、よりよい暮らしをするには「良い学校へ行き良い会社に入社する」と言う考え方が一般的になりました。おそらくこのころからでしょうか。皆が一斉に良い会社に入社することを目標にしたのは。

とにかく勉強。壱にも二にも勉強。会社に入れさえすれば将来は安泰! そう言う時代が確かにありました。そんなまだ終身雇用が約束されていた時代。

入社さえしてしまえば能力が無くても仕事をもらえる。合わなければ別の部署でやり直せる。仕事が出来なくても歳さえ取れば役職になれる。毎年給料も上がっていく。

定年まで勤めあげれば、年金で悠々自適な暮らしがまっているんです。

本当に幸せな時代でしたね。でもその分会社に仕えないといけなかった。まるで藩主と武士のように。

社長の言うことは絶対で、そこで働かせてもらっているからと理不尽なことでも聞き入れないといけない。「モーレツ社員」なんて言葉もありましたね。

今で言うブラック会社が普通に存在していたんじゃないでしょうか。

 

平凡だから会社員になる

結局会社員に落ち着くのは、毎月同じ日に給料がもらえて、仕事も会社から与えられる。福利厚生もあるし、休みだってきちんと決まっている。何より皆と同じだと安心出来るからでしょう。

少なくともぼくはそうです。家族を養っていくために毎月同じ日に同じ額の給料がもらえるのはすごくありがたい。健康保険も福利厚生も、生活していく上でありがたい制度ばかりです。

そう言う安心の上に胡坐を書いて座ってしまうから凡人なんです。だからぼくは凡人です。がっつりと甘えて大きな胡坐をかいて座っています。

皆一緒というのも安心できますよ。自分の名前だけで仕事を作る必要も、取りに行く必要もない。誰かと合う時は会社の看板がとても役に立ちます。電話口で名乗るときも「〇〇会社のぶのしです」ですから。

周りの人も「〇〇会社の〇〇部長」とか「課長」とかそんな感じです。会社の大小はあれ皆一緒。皆平凡です。安心ですよね。

 

結論「安心出来るから」

凡人は何故会社員になるのか。結局安心出来るからですよ。もらえる給料の額がきちんと決まっていれば、それだけきちんとした計画が立てられますしね。

皆と一緒というのも良いですね。ぼくはこの「人と一緒」が嫌いですが、やっぱり周りの家と比べてしまう人は多いですから。

玄関の前にぼくの車が1か月も止まっていたらあっという間に噂になります。

「あそこのお宅ずっとくるまるけど、倒産? もしかしたらリストラとか? ひょっとして病気かも。大変よね~」

と言う奥様方の噂話が聞こえてきそうです。

皆一緒に行動して皆一緒に会社員になれば、あぁやっぱり皆一緒なんだと安心できます。だから皆会社員になろうとしますし、親も会社員になることを勧めるんです。

でもこれ、やっぱり変ですよね。

 

皆同じは違和感しかない

皆同じは違和感しか感じません。終身雇用も年功序列ももはや過去の遺物。会社員になれば安泰だった時代は終わりました。

皆一緒に就職活動を始めることも、そのうち無くなるかもしれません。将来はきっと個の個性を尊重した、格差だらけの社会です。

成果主義、能力主義は必ず格差を生みます。皆同じだから安心できた時代は過去の遺物になるでしょう。

皆一緒だからと安心していたら。気が付いたら皆と違う場所にいた。

なんてことがないように、今に安心せず、可能性がある限りそこに向かって力いっぱい動いていきたいです。


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