読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

bunoshi

転職、働き方を考えるブログ

思いきりいこうよ、自分の人生。大手企業を退職しタイに移住した話。

みんなの転職体験談

f:id:ranmaru-24mensou:20170213231621j:plain

今私はタイのバンコク郊外で暮らしています。

朝から鳥が騒がしく鳴き、庭の小さな池に流れ落ちる水の音を聞きながらトーストを食べるのが日課です。

 

間もなく庭に水を撒く職人がやって来て、しばらくすると外はカンカン照りになります。

その元気一杯の日差しを眺めていると、小学生の時の夏休みをよく思い出します。

学生時分、あるいは働きだしてからも尻込みして海外旅行さえしようとしなかった自分が、タイ人の妻をもらい、タイでこうして日々過ごすようになるとは当時全く予想できませんでした。

大学卒業後大手電機メーカーに就職

大学卒業後私は希望通り電気メーカーに就職しました。

勤務地は東京です。

関西で生まれ育ったにもかかわらず、東京で暮らすことを余儀なくされたのです。

テレビのブラウン管や液晶、半導体といった電子部品の営業部門に配属され、最初の5年間は販売企画、後半の5年間は社内工場向けの営業を行っていました。

 

電機業界全体が景気の良かった時代で、日本の産業を引っ張っているという自負が社内に漲っていたように思います。

従って当然忙しく、終電で帰る毎日が続いた期間が10年間の内延べ4年ぐらいありましたか。

休日はぐったりして、朝食べた後に寝て、昼食終えた後にまた眠るというような状態でした。

 

私には就職前からサラリーマンを10年で辞めるという予定がありました。

それはもしかすると働き始めてからこの世界から逃げるために作った口実で、いつの間にか昔からそう考えていたように自らを洗脳してしまったのかもしれませんが。

時間に追われ、寮に帰ってからも深夜まで資料作りに没頭する毎日に、「10年」を自分に強く課しながらも、一方では本当に辞められるのだろうかと疑問を抱いてもいました。

 

その疑問を一掃してくれたのは最後の上司です。

そりが合わないためにしょっちゅう喧嘩していました。

当然のように辞める決意がどんどん強くなっていってましたから、けんかとなればこちらも遠慮しません。

時には怒鳴るほど怒りを爆発させたものです。

 

タイに惹かれ退職を決意する

そんな中かつて寮で相部屋だった同期の男からタイへの旅行に誘われました。

単に貧しいと思っていた東南アジアの国がこんなにも豊かで、みんな生き生きと自由に暮らしているのに愕然とするぐらいの衝撃を受けたのです。

その3か月後今度は一人でタイに行き、ますますこの国に引き付けられていきました。

 

この旅から帰ってきてからですね、退職を決意できたのは。

それまで長くても1週間ほどしか休暇を取れませんでしたから、会社を辞めて思う存分東南アジアの国々を見てやる、そう考えると頭がしびれるようでした。

今ではあの時の上司に感謝しています。

気持ち良く仕事できていたなら、辞める気にならなかったでしょうから。

 

タイと日本を往復する日々

それから1年余り日本とタイを往復する期間が続きました。

東南アジアを旅することしか考えていなかったから、会社にいる間は転職活動を一切しませんでしたし、辞めてからも仕事を探しませんでした。

1年を過ぎてさすがにこんな生活を続けていくわけにはいかず、地元のフリーペーパーの求人案内を眺めるようになりました。

辞める時はまだ30代前半なのでどうにでもなると軽く考えていましたが、実家に戻ってくると都会のようにはいきません。

景気のいい会社は少ないし、自分でお客をつかまなければならない営業職がほとんどです。

やりがいがあって居心地のいいところなら待遇は気にしていませんでしたが、それにしても田舎は選択肢が少なすぎます。

 

学習塾で働きながらタイへ旅行する生活

f:id:ranmaru-24mensou:20170213232249j:plain

就職活動を始めてから3か月ほどたった頃でしょうか。

学習塾の求人案内が目に留まったのは。もしかして自分でもできるのではないかと応募して運良く採用されました。

小中学生相手だったので、過去学んだことを思い返しながらでもなんとかやっていくことができました。

 

出社時間は午後3時半。

朝の弱い私にとって理想的な仕事でした。

終業は夜10時。

これまでの仕事からすればどうってことありません。残業もないしね。

経営者も非常によくできた人で、何もうるさく言わず、素人の私の自由にさせてくれました。

時々終業後食事に連れていってくれましたが、こちらから一度も払ったことはありません。

年収は半分以下になりましたが、実家で暮らしていますし、夜の仕事なので遊びに行くこともめったにない、遊び場所も少ないということで、お金がどんどん貯まっていきます。

心身共に健康にもなりました。

お盆と年末年始にはタイに遊びにいって発散し、非常に充実してましたね。

子供たちは言ってみればお客さんだけれども、こっちの立場の方が上だから頭を下げる必要もない。

今でもこの3年間はとても幸せだったと思います。

 

将来の計画はタイへの移住

先に書いた通り年に二度タイに行き、私はいつかタイで暮らそうと計画していました。

向こうで仕事するには言葉ができなくてはいけないので、通勤にはわざわざ時間のかかる自転車に乗って、その間ずっとタイ語のテープを聞いていました。

今考えると、タイ人の発音通りに話そうと努力していた当時の方がきれいなタイ語だったかもしれません。

 

休日は英会話学校に通いました。

今はもうないNOVAです。

英会話にはそれまでコンプレックスを持っていましたが、話す訓練を積むうちになんとかなるようになるものです。

リスニング能力も上がっていきます。

そこそこの貯えもでき、30代後半に入っていた私はもう一度転職する決意を固めました。

 

日本にいる間にタイにある学習塾に問い合わせしていましたが、タイに渡ってから聞くと色よい返事をもらえません。

諦めて人材派遣会社に行き、全部で5社ぐらいに登録しましたか。

当時タイもどんどん経済が伸びていた時代で、日系企業の進出も続き、現地採用の求人も少なくありませんでした。

次々に企業を紹介してくれ、10社ほど面接を受けました。

その中から日本人とタイ人合わせて3人だけの商社に決め、日本で研修を受けました。

結局この会社とはうまくいかず、日本での研修期間中に退職することになりましたが。

 

タイで就職が決まった

 

タイに戻ってきてまた就職活動です。

今度は従業員千人以上いる電気製品の組み立て工場で働くことになりました。

製造現場のある会社は初めての経験でしたが、もの作りを間近で見て製品に触れるというのは非常に勉強になりましたね。

かつて勤めていた電気メーカーの仕事の仕方とはまるで違います。

年収はまた減りましたが、日本よりも物価が遥かに安いので、不自由なく暮らしていけます。

間もなく社内で知り合ったタイ人女性と結婚し、2年後都心でマンションを買いました。

 

その工場で6年間働いた後、より良い給与を求めて商社に転職しました。

それと同時にサービスの悪いマンションを売り払い、郊外の一軒家を一部借金して買って移り住みました。

タイで暮らしている間に生活はだんだん豊かになっていきましたが、仕事もどんどん忙しくなっていきます。

お客の接待をして深夜帰ってくるのもしょっちゅう、夜中までパソコンを睨みながら仕事をすることも少なくありません。

それでも日本よりはタイの方が明るくていいと思っていますし、かつて誰もが知る大企業を辞めたことにも全く後悔していません。

私が日本を出たのは1999年でしたが、当時バブルが弾けた後の暗い時代が続いていて、今後日本は一層悪くなっていくだろうと予想していましたが、それは当たりましたね。

 

日本には夢がない

日本には夢がないのです。夢の持ちようがない。

だからみんな死んだような顔して、息苦しい社会で毎日いろんな無数の我慢を続けながら生きている。

タイは国や人がバカでも、夢を持てます。

たいしてお金なくても幸福に暮らしていけるし、少ない元手で商売でき、工夫次第では小金持ちにもなれる。

そんな可能性を感じさせる国です。

 

私はタイ以外にミャンマー、ラオス、カンボジア、ネパールなどさまざまな国を旅しました。

バックパッカーがもてはやされた時代だったので、たくさんの日本人と旅先で出会いました。

その多くが日本での生活に疑問を抱き、仕事を辞めて海外に飛び出してきた30代の男でした。

タイで勤めていた会社の中でも、他の会社から来たのは30歳を過ぎた者がやたら多かったですね。

やはり10年前後働いているうちに世間が見えてきて、人生にいろんな不満を抱えて、それを改善しようともがくからでしょうか。

 

30代での転職を勧めるわけじゃない

少なくとも失敗ではなかった私の職歴から、すべての人に30代の転職を勧めるわけではありません。

就職してから定年退職まで一つの会社に勤め続けた人は無数にいますし、何度も会社を変えた私からするとそれはとても立派に見えます。

ただ、毎日嫌な目に会いながら同じ会社にへばり付いてるのは、私にはとても不幸に見えます。

一度きりの人生がとても寂しいと思います。

 

だからと言って海外に出ていくのは飛躍し過ぎですが、海外に住むと日本という国の良さが分かるし、逆におかしなところも目につきます。

日本にしか住んだことのない人には海外生活を批評・批判する資格はなく、両方経験した人はその結果どちらを選ぶのかは本人の自由です。

タイの方がいいからと言って、腹の立つこと、理不尽なことは無数にありますがね。

天国のような国はこの世に存在しません。

 

最後に

日が落ちてきました。

常夏のタイで暑さが緩んで涼しい風の吹き始めるこの時間帯が一番好きです。タイに住んでいて良かったなと実感します。

 

私は10年間務めた商社を昨年辞め、それ以前から熱心に誘ってくれていた小さなメーカーに勤め始めましたが、そこも4か月で退職してしまいました。

人生なかなかうまくいかないものです。

これを書きながらタイで突っ走り続けた日々を思い出しますが、大半の人とはかなり異なった人生を歩んできたのは間違いありません。

そこに流れているのは、「自分のやりたいようにやる」という気持ちだったと思います。

4か月で辞めてしまったメーカーについては、妻の反対を受けながら押し切ったのですが、自分で決断したことなので後悔していません。

ただ、これからどうやって妻の面倒を見ていくかですが。

 

54歳になって何度目かの無職になってしまいましたが、まあなんとかなりますかね。この楽天性がタイと合っているのでしょうか。

 

転職を少しでも考えたらリクナビNEXTに登録

国内№1転職サイトリクナビNEXT は「転職を少しでも考えたらリクナビNEXT に登録する」と言う流れが出来ているほど、知名度の高い転職サイトです。

国内№1サイトと言われるだけあり、案件数や求人の質、スカウト機能が充実。

最初の登録の段階でレジュメ(職務経歴書)を入力して、スカウト機能を有効にするのがコツ。

スカウト機能を有効にすることで、あなたの経歴や年齢などを見て興味を持った企業からスカウトメールが届き、場合によっては書類選考が免除されることも。

転職を少しでも考えたらリクナビNEXT に登録しましょう。

 


転職30代の転職派遣から正社員ニート・フリーターから正社員働き方コラム転職サイト転職エージェント雑記ブログ運営
免責事項 お問い合わせ

Presented by bunoshi