これは私が営業として働いていたころの話です。
私の職場では、主に自動車の試作部品の製作を行っていました。
試作部品は都度形状が変わるため、一品ものとして製作することが多く、時間がかかることが特徴です。
たしか日帰りで出張に出かけた日のことです。
日帰り出張といっても電車ではありません。
片道350キロの距離を車で移動し、お客様と打ち合わせを行ってとんぼ返りしてきたのです。
22時ころ会社につくと、明日の仕事を少しでも減らすために、疲れた体に鞭打ってメールのチェックを行っていました。
見積依頼や納期の確認依頼など、ザーッと目を通し、その場で回答できるメールに返信をしたのです。
それから1か月ほどたったある日のこと。
いつものようにメールをチェックしていると、「先日ご回答いただいた部品を受注しました。お約束通り3週間で制作をお願いします」と、連絡が入っていました。
「お、新しい案件が決まったのか」
と、ちょっと嬉しくなり、メールに添付されていた図面をチェックすると、ものすごく難しい部品の図面が添付されているじゃありませんか。
普通に納期を計算しても、2か月はかかる部品です。
「何かの間違いだろう」と思い、慌ててお客さんに連絡を取り、内容を確認すると、「1か月前に3週間でできると回答をもらっている」、と言われたのです。
慌ててメールの履歴をチェックすると、確かに私が「3週間で製作可能です」と返信しています。
しかも返信日は、日帰り出張で疲れ切っていた日。
なぜ3週間で製作できると返信したのか、自分でもわかりません。
パッと見ただけで2か月はかかるとわかる部品なのに…。
自分のミスだと気が付いたときは、体中から血の気が引き、冷たい汗が背中を流れていくのがわかります。
お客さんと電話で話しているのですが、言葉が耳に入ってきません。
「どうしよう、どうすればいい、どうやったら作れる、いや今すぐ謝りに行くべきか…。」
頭の中をいろいろな考えが駆け巡り、たどり着いた答えは「この電話でできないと言い切ってしまうこと」でした。
すぐお客さんに「3週間では無理です」と伝えたところ、「自分でできると言っておいて、いまさらできないはおかしいでしょう」と言われました。
ごもっともすぎて何も言えません。
とりあえず「相談します」と伝えて電話を切り、すぐ上司に報告しました。
すると上司からは、「そんなもん3週間でできるわけないだろ、お客さんに説明して断ってこい!」と一言。
「私が失敗しまして…」と、原因を説明しようとしたのですが、取り繕う暇もなく「できないものはできない。理由はどうであれ断るしかない」の一点張り。
怒られるわけでもなく、話を聞いてもらえなかったのです。
困り果てた私は、図面を片手に社内を駆け回ります。
どうやったら3週間でできるのか。
3週間は無理でも、最短でいつなら作れるのかを、思いつく限り全員に相談して回りました。
とにかくできることをやらないといけない。
謝るにしても、断るにしても、精いっぱいやらないと申し訳ない。
そう思いながら、思いつく限りのことをやっていたのです。
そして奇跡が起こります。
しばらくすると私の異変に気が付いた同僚が、いろいろなアイディアを持ち寄ってきてくれたのです。
同僚の中には、自分の案件は納期に余裕があるからと、日程を譲ってくれる方もいました。
そして結果として、2か月はかかると思っていた部品が、なんと4週間で製作できたのです。
納期から1週間遅れであれば、工場が混んでいるからという言い訳が立ちます。
お客さんに説明するときも、理解を得やすくなるのです。
なぜ、できもしない納期でメールの返信をしてしまったのか、いまだに原因はわかりません。
ですが納期回答を失敗した経験をしたことで、疲れ切っているときはメールの返信をしないようにしました。
この時助けてくれた同僚には、感謝の気持ちしかありません。
ちなみに話すら聞いてくれなかった上司は、4週間で製作することが決まった後、「なんで後から来たお前の部品が、俺の部品より早くできるんだ!?」と、不思議そうな顔をしていました。